図案家 成願 義夫(じょうがん よしお)



日本が世界に誇る最先端技術と私のデザインのコラボです。

株式会社 京都デザインファクトリー

これは日本が世界に誇る最先端技術と私のデザインのコラボです。

NASAからも依頼が入る日本メーカー「MORPHA」。

その金属精密加工技術を用いて製作されたiPhoneケース。

0.005mm〜0.6mmの極薄世界。

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このデザインで苦労したところは、デザインと強度と機能性をすべて満足させなければならない点でした。
機能性としては電波の通りを良くするため透し彫りを採用しました。
デザイン的には糸菊の疎密の変化を表すことが重要でしたが、
疎の部分の強度が落ちるのが問題でした。
しかし、花びらを増やして強度を増すと、デザインの良さが損なわれます。
そこで私が考え出したのがこのアイディア。
厚みを半分だけ削り出して菊の葉を糸菊の花の下に見せるようにしました。
これで疎の部分の強度を確保すると同時に図柄に奥行きも生まれました。

伝統的美意識を基軸にして、これからも様々な業界とコラボさせていただけたら幸いです。


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# by joganyoshio | 2017-04-16 11:24 | 私のデザイン

春らしく敷き紙マットとお品書きの桜をデザインしました。

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アーテック株式会社『遊-ZEN』シリーズ
敷き紙(和紙ランチョンマット) とお品書きに
桜を描かせていただきました。
このシリーズは月替わりのデザイン+鶴で、13種類あります。
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# by joganyoshio | 2017-04-16 10:31 | 私の作品

知恩院の抜け雀

『抜け雀』
知恩院の菊の間には狩野信政が描いた襖絵があります。
紅白の菊の上に飛ぶ数羽の雀が描かれていたと言われていますが、現在雀の姿はありません。
信政があまりにも見事に描いたので雀が生命を受けて飛び去ったといわれています。
桂米朝さんお得意の落語『抜け雀』の元になったのではないでしょうか?
落語にあるように、絵に止まり木を描けば雀が再び戻ってくるかもしれませんね(笑)
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落語『抜け雀』動画、桂米朝
https://youtu.be/2ZiXRiOXel0
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# by joganyoshio | 2015-11-10 09:44 | 京都あれこれ

『絶対的か?・相対的か?』

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ところで、よく聞く言葉「絶対音感や絶対色感」。
私見だが、厳密な絶対感を持っている人は存在していないと思っている。
私は美は相対性の中にあるものだと思っている。
だから無限に美は生み出されると思っている。
最近、興味深い事を音楽家の葉加瀬太郎さんがあるところで言っていた。
インタビュアーが「葉加瀬さんは、絶対音感をお持ちらしいですね」と尋ねたところ、「ハイ」と答えて、直ぐにこう付け加えている。
「正確に言うと、高精度な相対音感だと思っています。4歳からやっているバイオリンの常にチューニングの時の基準音「ラ」の音が身体に染み付いていて、他の音はそれを基準に相対的に瞬時に判断していると思います」
私はこれを聞いて、やはりそうかと思った。多くの人はこれを絶対音感だと言っているのか!と独り納得。
話は少し飛躍するが、優れたクリエイターやデザイナーに欠かせないものは『美の基準となる独自の物差し』で、それは本人にとっては絶対的だが、他人との比較においては個々に違うもの(絶対的とは言えない)で、それを元に相対的に判断するから、時代の価値観からブレズに、しかもオリジナリティを維持しながら常に一定のレベル以上の新しいものを生み出せるのだと思う。
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# by joganyoshio | 2015-06-15 19:38 | 日記

『高級感というチープな言葉』

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私が長年着物のデザインをしていて常につきまとう妖しい言葉がある。
それは『高級感』だ。
必ずしも「高級感」=「高級」ではないのは皆様ご周知の通り。
そもそも、物が「高級」であるのならば、ことさら「高級感」を強調する必要はなく、高級なものはそれ自体が高級感を醸し出しているものだ。
最初から「高級感」を出そういう考えは悪いとは思わないが、何かそれが「まやかし」に繋がる違和感を感じていた。
実は、私が長年感じてきた違和感は「高級感」=「フェイク」という場合の方が圧倒的に多いからだ。
例えば、車の木目調パネル、ご存知のように、超高級車以外に本物の木は使われない。
日本車に圧倒的に多いのは木目調プリントのプラスチック素材だ。
特に日本の車メーカーは高級感と言えば木目調と決めつけているふしがある。(笑)
実は着物でも多くのフェイクがまかり通っている。
車のフェイクウッドボードのようにユーザーが承知で騙されているならともかく、着物の場合、確信犯的な意図を持って高級感を捏造している商品が多々ある。
例えば、『辻ヶ花』の着物。
現在、市場に出回っている辻ヶ花と呼ばれている着物の大半はフェイクだ。
しかも最近はインクジェットで染めている物も少なくないから更に本物らしく見える。
その上、念入りにカラ絞りと呼ばれるシワ加工を後から施し、さも絞っているかの様に見せている。だから本物を見た事が無い素人の多くは「辻が花です」と言われたら、本物と信じる。
それを『辻が花もどき』(本物でない事を伝えて)として売るならまだ問題はないだろうが、なかには本物の「辻ヶ花」と偽って法外な価格で販売している業者も存在していた。
どちらにしても、売り手も買い手も『高級感』の呪縛から逃れられず、嘘を重ねてきた着物の裏の歴史。それが「高級感」のひとつの現実。
やはり騙されたく無ければ消費者が賢くなる他ないのだろう。
写真はジャガーの本物のウッドパネル。
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# by joganyoshio | 2015-06-15 19:36 | 日記

『着物着付けを小学校授業に取り入れよう!』推進会議

戦前の日本では、着物の着方は親や祖父母、その他の身近な人達から習いました。日本人なら当たり前だった『着物を一人で着る』ということ。
それが今では特別な事になってしまいました。
時代の流れで途切れた「親から子へ」という大切な伝承の一つが『着物の着付け』です。
現代、もはやそれを親に求めるのは不可能です。
せめて15歳までに、覚える機会を作ってはいかがでしょうか。
それを、ぜひ学校の授業に取り入れていただきたいと思います。
グローバルな時代だからこそ、日本人が世界で活躍する為には日本人としての伝統的美意識を基軸にした発想と気配りが必要です。
そして着物はまさに日本文化の根幹です。
着物を自分で着られることが、日本の伝統文化に興味を持つきっかけになり、それが日本人の美意識を高めることに繋がります。
これは、教育的にみても、とても価値のある事です。
授業の柱は『着付け』ですが、着物を着る事を前提とした文化とマナーを学ぶ事も出来ます。
『行儀作法全般』『着物から学ぶ歴史』『美しい立ち居振る舞い方』
『着物と伝統芸能』『着物と伝統文化』等々、しかも日本人にとって重要な事ばかりです。
この会では義務教育を受けている年齢の間に着物の着付けを習う機会を設けるということを主旨とします。
これは、着物産業を支えていらっしゃる皆様にも有意義な事だと思います。
この会の主旨をご理解いただき、多くの方のご賛同を頂きたいと思います。
やがて国を動かし、教育の領域における伝統や文化の優位性を高めることができれば幸いです。
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# by joganyoshio | 2015-04-22 08:09

『千社札』

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千社札は観音巡礼における参拝奉納のしるしである『納札』の習俗より生まれたといわれている。
江戸時代になり、稲荷信仰が大流行することで、千社札もまた庶民の間に広まった。
京都の伏見稲荷が総本社であるが、全国のいたるところに分社がつくられた。
特に江戸は稲荷社の分社多数つくられた。
江戸時代に起った数度の飢饉が稲荷信仰に拍車をかけ、庶民は競うように『稲荷千社参り』を行い、五穀豊穣を祈った。
後に稲荷神社だけでなくあらゆる神社仏閣を巡るようになったため、多くの社寺を参拝する事を『千社参り』と呼ぶようになり、又、参詣には必ず納札した事から、この札が『千社札』と呼ばれるようになった。
札は当初、手の届く範囲で社寺の壁や柱に貼られた。その後納札が盛んになり、競い合うように、よく見得る所や人より高い所に貼られた。
貼り場所には大きく分けて2種類あり、参拝者によく見える場所に貼るのを『人見』と言い、永い年月風にさらされる事の無い場所に貼るのを『隠し貼り』と言った。
いつしか江戸の庶民は、千社札に「粋」「遊び心」「華やかさ」「洒落」などを盛り込み、図柄の面白さや、珍しさを競い合うようになり、益々『千社札』の人気に拍車をかけた。
千社札の版元は浮世絵の版元と同じであることも多く、絵師や彫り師、刷り師など、浮世絵で磨いた技をそのまま使って錦絵と見間違う程の豪華な物も作られた。
千社札には、名前、屋号、商売の他、ひいきの役者や相撲取り、美人画などの風俗画など、様々なバリエーションが造られた。その素晴らしい出来映えから、お互いに見せ合いたくなり、あげくの果ては『千社札交換会』まで開催された。交換会は最初、私邸や神社などで催されていたが、いつしか茶屋や料亭で行なわれるようになったといわれている。
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# by joganyoshio | 2014-09-11 07:46 | 伝統文様解説

伝統産業のイノベーション

伝統産業のイノベーション成功のカギを握っているのは『デザイン』だ。
近年の成功例と失敗例を分析するとそのことがよく解る。

近年、デザインの概念が広がり、製品やブランドの形や色だけでなく、ユーザーを最優先にした発想やデザイナーの方法論を製品開発から経済や社会の活動にまで応用しようとする研究、「デザイン思考」が世界的に高まっているのはご周知の通り。
デザイン思考はブランドイメージや企業規模や製品仕様など様々な条件を勘案して、可能な限りのアイデアを出し、ユーザーにも企業にも最もふさわしいアイデアに絞り込んでいこうという考え方だ。

新機能、革新素材、新付加価値などの開発費に比べて圧倒的に低予算でイノベーションが実現するのが、『デザイン』だ。にも関わらず、デザインにお金を使おうとしない、伝統産業界。

「良い材料を使って時間をかけて一生懸命作れば良いものができる」そして「良いものだから売れるはず」という、古い考えから脱却できない職人さんやメーカーの発想では、当然のようにアイディアという「形の無いもの」「時間をかけていないもの」にお金は払いたくないという気持ちになってしまう。

優れたデザインやアイディアほど、一瞬のひらめきだったりすることも多い。
そのアイディアが一発逆転の発想だったり、とんでもないお金を生み出すことに繋がるかもしれないのだ。

優れたデザイナーやコンセプター達が、その価値あるひらめきを生み出す為には膨大な知識と分析力、発想力、表現力が必要だ。
デザイナーがそこに辿りつくのにどれほどの時間とコストがかかっているかを知らずにデザインフィーが高いという。

そして、あいかわらず自己満足を追求し、ミクロの価値にしがみつく。
結果が「褒められども、売れず」である。

あるいは、安易に売れ筋という価格競争の波に飲み込まれ。
結果が、「売れども、儲からず」である。

成願義夫 記

写真は南部鉄瓶の産地を救った一発逆転の発想。
カラフルティーポット
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# by joganyoshio | 2014-08-28 12:58 | デザイン考察

私の会社の近くの哲学の道沿いに疎水が流れている。
そこには、丸々と太った真鯉が放流されている。
その鯉達は、川幅と水深には似つかわしくない異様に大きな鯉だ。

最近、散歩中に面白い光景に何度も出くわす。
決まって中国人とおぼしき観光客が、その鯉を発見して騒いでいる。
大声で感想を言い合う人達、写真を撮る人、なかなか面白い。
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# by joganyoshio | 2014-08-21 12:41 | 日記

素敵な女性達に・・・お願い。

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朝起きて、「今日は何を着ようかしら?」と、思った時、
和服が貴女の選択肢の中に入っていて欲しいです。

夏なら、浴衣でもいいです。
夏祭りだから・・花火を観に行くから・・などといった理由は一切いりません。
「着たいから、着る」
それ以上の理由などいらないのです。

男達は皆、キモノを着た女性が大好きです。
キモノ姿の女性は男達に夢と希望を与えるのです。
見知らぬキモノ姿の女性と街ですれ違うだけでも、幸せな気持ちにるものです。

多くの男は貴女の着物姿に胸がキュンキュンしているのです。
大人の男は、貴女の着物姿に女性の上質な色気を見出しているのです。

だから、朝起きて、「今日はキモノにしようかな」と、思っていただけると、とても嬉しいのです。

こんなことを思っている男が、私だけではないことを願いつつ・・・・(笑)
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# by joganyoshio | 2014-08-21 12:38 | ファッション

十二支

十二支に関しては諸説あるので、詳しくは専門家の書物をご一読いただきたいのですが、一般的には古代中国の暦の伝統から来ていると考えられます。そしてそのルーツを探ると、仏教に行き当たるようです。

中国では、古来より天文学が発達していて、天球の分割方法の一つであった十二辰は、天球を天の赤道帯に沿って東から西に十二等分したもので、この名称には十二支が当てられました。子(ね)、丑(うし)、寅(とら)、卯(う)、辰(たつ)、巳(み)、午(うま)、未(ひつじ)、申(さる)、酉(とり)、戌(いぬ)、亥(い)

これが十二支の始まりと言われています。
日本に伝わってからは、独自の解釈が加わり現代に至っています。
昔は『時』や『方位』等を表す言葉としても十二支が利用されましたが、
現代の日本では12年を周期とする生まれ年を表す干支(えと)としてもっぱら利用されています。
年賀状の絵柄がまさに、これですね。
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# by joganyoshio | 2014-08-21 12:38 | デザイン考察

彼岸花

皆さんは『彼岸花』の別名が日本全国に千種類以上あることをご存知でしょうか?
別名と言って、私は『曼珠沙華』ぐらいしか浮かばないのですが、凄い数ですね。
それだけ全国各地で特別な花として存在を認められていると言うことなのでしょう。

詳しくは以下のサイトに(ヒガンバナの別名)
http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/sizen/higan_name.html
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# by joganyoshio | 2014-08-19 09:24 | 日記

お盆が終わって。

今日から我が社は仕事再開です。
お盆のお休みが終わり、皆元気で出社してくれると思います。
今年も後4ヶ月余り、一年が早過ぎる(笑)
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# by joganyoshio | 2014-08-18 09:22 | 日記

特注という妥協の産物

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色に関して言えば、生地の質感(素材)と色の関係はとても密接だ。
フラットな生地でさえ発色は生地毎に違う。さらに着物地の場合、織り地紋(地模様)が色に変化をもたらす。模様の凹凸が影を生み複雑に絡み合い、全体の色調に影響を及ぼす。
別布の小さな色見本から地紋のある生地に染める色を決めるのは、本当に難しい。染工場の色データに無い色を注文する場合は更に色合わせする職人さんの段階でも僅かにブレる。その後の「蒸し」などの行程では、偶然性も影響する。染色に再現性を求める場合は、先に染めた見本などから、データに基づき染めることもできるが、一発勝負の別注は、運任せと言ってもいい。各工程の職人さんたちは、長年の経験で、振り幅を予測して想定内に収めることはできるが、結果的に「この範囲なら許せる」という妥協の産物となる。
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# by joganyoshio | 2014-08-17 09:26 | デザイン考察

五山の送り火

私の会社は東山如意ヶ嶽の麓にあるので、毎年『大の字』の写真をFBにアップしていましたが、昨夜は遠方にいて、見られなかったのでイラストを描きました(笑)

この行事が終わると、これで京都の夏も終わったような・・・
ちょっと寂しい気持ちになります。
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# by joganyoshio | 2014-08-17 09:20 | 日記

雨後の筍ならぬ、雨後の羊歯

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昨日も京都は大雨が降った。
梅雨が終わっても台風の影響等でこのところ雨が続いている。
今朝、雨上がりの濡れた庭を見て驚いた。
暑さと雨で、庭の手入れを暫く怠っていたのだが、こんなに雑草が生い茂っているとは・・・・
特に羊歯類の成長の早さは異常とも言える。
他の雑草はすぐにでも刈り取りたいが、問題の羊歯類、形が嫌いじゃないので刈り取るかどうか思案してしているところだ。

さて仕事上でも、案外このような事が起きるもだ。
慌ただしい日常の中で、不意に舞い込む予定外の断れない嫌な仕事。
通り雨のようにやり過ごせば元に戻れるかと思いきや・・
計画通りに事が運ばず自分が振り回されている事に気づく。
そんな時は雨後の羊歯のように、同様の事が重なる。
新しい依頼も舞い込む。
はてさて、スケジュールは詰まっている。
元のペースに戻さなければいけない。

しかし、その仕事はまんざら嫌いじゃない。
受けるべきか断るべきか思案中である。
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# by joganyoshio | 2014-08-16 09:17 | 日記

神坂雪佳の言葉

先日観た、京都国立近代美術館で開催中の展覧会の会場内で私が書き写した文章。

この言葉が載った展示品は大正時代に発行された図案関連の雑誌の神坂雪佳の寄稿文でした。
私は会場の周りの目もはばからず、思わずノートにその文章の一部を書き写していました。以下本文より・・・・・

●●図案家と云ふものが工業美術の発達に密接な関係を有つて居るのは、今更改めて言ふまでもないことである。
特に我が国美術の淵業地として且つ古来染地に特有の技を有する京都の如きは益々図案の研究を盛んならしめて、一国工業美術の発達に資すべく最も適当の地であるが然し、京都の誇りとする染織に関する図案は其の折々の流行に連れて最も推移の甚だしきもので、現在の図案家は多く商人側の注文によりて制作しなければならぬと云ふ様な不見識極まる境遇に立つているが、之は図案家が時代の流行を導くほどの手腕がないためであらうが一つは一般社会の嗜好が未だ幼稚な故であらうと思われる。・・・

今も昔も変わらないのだと言えばそれ迄ですが、私の目に強烈に飛び込んで来た胸に突き刺さるこの文章は、私への戒めと受け取らずにはいられませんでした。

神坂先生に感謝です。

成願 義夫
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# by joganyoshio | 2014-08-15 14:32 | 日記

8月15日

水槽の中を泳ぐ金魚は見るからに涼しげだ。

江戸時代の大坂の豪商、淀屋辰五郎は、天井にとりつけた舶来物のガラス製の大きな水槽の中に金魚を泳がせ、下から眺めることにより暑気払いをしたという。

どんなにお金が有っても体感温度を下げる方法があまりなかった時代、豪商といえども「目に涼しい」という情感を高める事にお金を使う他なかったのだろう。

現代では、『目や耳にも涼しい』という情感や風情・・・・・・

残念ながら薄れてしまった。
私も含めて、我慢が足りない、昨今の日本人。
今日は8月15日、
69年前の暑いその日は、多くの日本人が極限の我慢を強いられた日でもある。
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# by joganyoshio | 2014-08-15 09:27 | 日記

夏の色

『夏は二藍 いと暑きころ
夏虫の色したるも すずしげなり』  (清少納言)

いにしえより、「涼しい色」と言えば、やはり『寒色系』ときまっていたようだ。人間の色に対する感覚には、時代を超えた不変の法則がある。

着物をカジュアルに着こなすとき、最も重要なことは色合わせだと思う。
装うと言う事は「自己満足の追求」と同時に周囲の他人を不快にさせない「思いやりの追求」でもある。

着物はけっして涼しい衣服とは言えない。
不快指数の高い真夏、今ならタンクトップにショートパンツの方が男女共に明らかに快適だろう。
しかし、不思議な事に、私は肌を露出したファッションの女性が側にいると余計に暑苦しく感じてしまう。

逆に、例えば、藍染めの綿麻の着物に白の塩瀬の帯などの目に涼しい着こなしの女性が側にいると、とても涼しく感じる。
ご本人はけっして涼しくはないだろうけど、盛夏の中でのその清涼感は格別だ。

暑い中、周りを涼しくしてくれるその美意識は着物ならでは。
そんな女性には、感謝の気持ちも込めて、心の底から「素敵です」と、言葉をおくりたい。
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# by joganyoshio | 2014-08-14 18:51

葛飾北斎が描くパイプライン

流動する波を様式化してしまう北斎の目
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この波は、サーフィンで言うところの『パイプライン』だ。
一説によると北斎はサバン症候群的な極めて特殊な目(脳)を持っていると言われている。
以前NHKが番組で検証した結果、実際の波をシャッタースピード1/8000秒で撮るとこの絵のように写るらしい。
つまり彼の目は1/8000秒の瞬間を切り取り、脳に焼き付けることができる、まさに天才の目を持つ。
世界をアッと言わせた冨嶽三十六景の「神奈川沖浪裏」はその代表作だ。
描く技術も重要だが、このように『物の本質を見抜く目』がいかに重要かを思い知らされる。
私達凡人には到底知ることのできぬ境地。
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# by joganyoshio | 2014-08-05 09:42 | デザイン考察

日本の伝統文化とテクノロジーの意外な共通点

『花結び』
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ご存知の様に『花結び』の基本は一本の紐で様々な形を表現するところにある。
つまり、『一筆描きできる図形』であるということだ。
花結びをよく見ると、現代世界中の先進国に存在する高速道路のインターチェンジとの共通点を見出すことができる。
インターチェンジは入り口と出口が必ず違う、一筆描きできる立体交差が基本である。
このことは、構造上は花結びとまったく同じだと言うことだ。

平安時代から続く日本の伝統文化と最先端道路設計の意外な共通点は逆に、花結びの形から高速道路のインターチェンジを造ることも可能だということ。「ヒントは伝統文化にあり」という実例。

(花結びとは)
平安時代の王侯貴族達の硯箱や鏡などの調度品には、すべて美しい房と花結びで彩られた。
貴族の女性達の一般教養として、和歌、文章、習字、絵画、音楽と並ぶ必須のものだった。
この頃の飾り結びは、主に房の付いた一本の紐を結んで様々な形を工夫した。
工夫された結びには、一つ一つ名前がつけられている。おそらく、身内の者や一族の者にその結び方は伝承されて広まり、さらにそれを元にアレンジされてバリエーションが増えたと思われる。
日本の他の伝統文化同様に伝えるべき『型』がここにも存在する。
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# by joganyoshio | 2014-08-01 08:57 | デザイン考察

家紋にまつわるお話

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 喜多川歌麿「寛政三美人」 
寛政期に人気だった3美人の浮世絵(大首絵)です。

右から吉原芸者の富本豊雛(とよひな)、難波屋おきた、おきたと人気を二分していた高島おひさです。

当時の浮世絵は売り上げ枚数を増やすため、タブロイド紙的な大衆の興味を引く内容が中心になっていました。
この絵を見て気づくことは、どの顔も髪型も区別がつかない程そっくりだと言うことです。この浮世絵の右上に一応名前は記されていますが、当時はまだ文盲も多数いる時代でした。版元としては当時の庶民に広く、絵を見ただけで直ぐにどこの誰かを特定させる必要がありました。そこで登場するのが家紋です。
それぞれの衣装や持ち物にさりげなく描かれた家紋が個人を特定する決め手となっているのです。

江戸時代になり、200年以上に渡る太平の世が続くと武士の合戦における敵味方の区別のような実用的な家紋の必要性が薄れ、家紋は家柄や権威の象徴となっていきました。
さらに階級社会があった江戸時代では、家紋の用途は相手の身分や家格に応じて自分や家族の身なりを正すためであり、家の格式を他人に示したり相手の身分を確認したりするコミュニケーションツールとしての使われ方主流になっていきました。
また江戸時代の階級制度の元では武家以外に苗字の公称が許されませんでしたが、家紋を持つ事は規制されず、一般庶民も広く所有することができました。この為、農民、町人、そして役者・芸人・遊女などといった社会的には地位の低い階級の者までが、自由に家紋を使い始めたのです。
その事が、江戸時代の家紋のデザインバリエーションを増やし、今日の伝統文様としての価値を高めました。
そして元禄時代に入ると、人々の生活は更に華やかなものになっていき、家紋を持っていなかった町衆にも家紋を必要とする機会が生まれ、庶民が用いる家紋も華美・優美な形になり、豊富なデザインが生まれました。

特に、庶民に家紋が広がり始めてからセルフアイデンティティの表現の一つともなり、儀式用のアイテムや衣装以外に装身具等の普段の持ち物にも家紋を入れることが流行り『遊び心』や『粋』など、武家社会ではあり得なかったデザインコンセプトが登場してくるのも面白いですね。

成願 義夫 記
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# by joganyoshio | 2014-07-30 08:41 | デザイン考察

壁画

喫茶店(カフェKIHARU)様から依頼されて壁画を描きました。
描く内容は、まったくのお任せでしたが、『木』をイメージしたお店なので、クリムト(Klimt)風の装飾的な木を描きました。
下描き無しのぶっつけ本番。気がつくと後には見物人が多数(笑)。
途中からライブペインティング会場のようになってしまいました。

制作時間は、休憩の1時間を除いて4時間で描きました。
動画も2分程に纏めましたのでご覧下さい。
You Tube
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# by joganyoshio | 2014-07-29 17:16 | 私の作品

ブルーノ・タウトと桂離宮

1933年、ドイツの建築家ブルーノ・タウトがジャポニスムとアールヌーボーの元となる日本に興味を持ち、来日した。
翌年案内された桂離宮の竹垣の前で彼は突然泣き崩れた。
同行した日本人は驚いたが、タウトはなぜ泣き崩れたのか?
その場の日本人にはまったく理解できなかった。

後に出版された彼の名著 •『忘れられた日本』や『日本美の再発見』を読めば、彼が泣き崩れた理由が見えて来る・・・・
このお話の続きは、又の機会に。
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# by joganyoshio | 2014-07-29 11:09 | 京都あれこれ

琳派における『破調の美』

琳派における『破調の美』

『破調』とは、文字通り調子を破ることだ。
一般に美しいものは本来そこには必ず何らかの調和がある。
まして、琳派の作品には調和が何よりも求められる。
『破調の美』この一見矛盾する美意識こそが、日本人の自然観から生ずる最も優れた感性の一つだと言える。

木漏れ日、蛍の光の点滅、星のまたたき、自然に吹く風や川のせせらぎ、打ち寄せる波の音、舞い散る花びら、虫の音、これらは人間に心地よさや安らぎを与える。自然界のリズムは常に一定ではなく、不規則なリズムだ。
人間が感じる心地よい自然に近いリズムをもたらす為の破調こそが、琳派の絵師達が求め描いた破調の美。

これは、現代の様々な分野に活用されている「1/Fゆらぎ理論」そのもので、先人達は現代の科学者達が導き出したこの理論を、遥か昔に美の本質を求めることによって悟り、作品に取り入れていた。
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# by joganyoshio | 2014-07-28 08:51 | 伝統文様解説

琳派のデザイン

琳派のデザイン
● 奥行きをあえて表現しない平面性と単純化

琳派の作品の最大の特徴はモチーフの単純化と平面的な表現方法にあります。
琳派に限らず、狩野派や丸山派などの江戸時代の絵画や浮世絵は西洋絵画と比較すると同時代の西洋絵画が目指したリアリズムとは対極の平面的で装飾的な表現に明らかな違いがあります。

遠近法や写実を無視していながらも、それでいて自然が持つ美の本質を的確に捉えた浮世絵や琳派の自由な表現を初めて目にした当時のヨーロッパの画家達は驚愕したと言います。当時のヨーロッパ絵画は教会を中心にした宗教色の強いリアリティを追求したものばかりで、題材も人間を中心に描いていました。それに比べ琳派などの日本の絵画や工芸は、道端の草花や虫など、ヨーロッパでは絵の主題になり得なかったものが活き活きと描かれ、しかも観る者に感動さえ与えます。さらに余白を活かしたアシンメトリーで動的なコンポジションは、シンメトリーと黄金比と写実の呪縛から逃れられずにいた当時のヨーロッパの画家達に大きなショックを与えました。
これが後の印象派の画家達に影響を与え、そしてアールヌーボー運動へと繋がっていきました。
また、ヨーロッパ絵画は主に壁画や天井画などの様に固定された建築物の一部に描かれ、また額装された絵であったとしても、一定の壁面に固定されていました。
しかし琳派などの作品は主に掛け軸や屏風、襖等のそれ自体が動く調度品に描かれました。季節毎の茶事や慶事、催事など、様々な行事によってその都度飾られ、掛け替えられました。一見固定されている様に見える襖でさえも開け閉めの度に動きます。そのことにより何よりも他の花器や部屋や行事との調和を重んじられたことに余白を活かした平面性と単純化の意味があります。
結果として、琳派の作品には現代にも通じる不変的なデザイン要素が集約されていると言えます。

ところで、金箔の上に描かれた屏風は主張し過ぎて、このような調和とはほど遠いのでは?と、思われる方がいらっしゃるでしょう。

では、「なぜ、金箔の上に描がかれたのか?」

かの谷崎潤一郎は、自身の著書『陰翳礼讃』でこの謎を次ように解いています。
・・・「諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の部屋へ行くと、もう全く外の光が届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い庭の明かりの穂先を捉えて、ぼっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。」
「現代の人は明るい家に住んでいるので、こう云う黄金の美しさを知らない。が、暗い家に住んでいた昔の人は、その美しい色に魅せられたばかりでなく、かねて実用的価値をも知っていたのであろう。なぜなら光線の乏しい屋内では、あれがレフレクターの役目をしたに違いないから。」・・・本文より。

当時の金屏風が置かれた場所と光源と光量を考えれば、この『実用的価値』が見えてきますね。
これらの日本人の伝統的美意識に基づくデザインエッセンスは継承していかなければならないと考えています。
朝顔図屏風(左部分) 鈴木其一作
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# by joganyoshio | 2014-07-27 13:12 | 伝統文様解説

千利休に学ぶ。

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茶道を知らなくても知っておきたい『もてなしの心』の真髄『利休七則』

茶は服のよきように点て
炭は湯の沸くように置き 
花は野にあるように 
夏は涼しく冬暖かに 
刻限は早めに 
降らずとも傘の用意 
相客に心せよ

ある人が「茶道とは何ですか、教えてください」と利休に尋ねた。
それに対し利休は、この七訓を挙げこれが全てですと応えた。
すると尋ねた人は怒って
「そんなことくらいは、三才の赤子でもわかっております」
これに利休は
「わかっていてもできないのが人間ではないですか。
あなたが本当にできるならば、私が弟子になりましょう」
と言ったということです。

※茶は服のよきように・・・の「服」とは飲む事
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# by joganyoshio | 2014-06-14 16:45

琳派は本阿弥光悦によって始まった。

本阿弥光悦の名言
『心が凝り固まっていては見えないものも、
力を抜いて素直に見ると、いろんな顔が現れてくるだろう。
心を開いて受け止めるなら、この世のすべては美しい』

本阿弥光悦
京都の※本阿弥家という恵まれた家柄の長男として生まれた彼は、幼い頃より家業を通じて日本の一流の物に囲まれ生活し、高い見識眼を身につけていった。そしていつしか自らもマルチな才能を発揮するようになる。工芸家、書家、画家、出版者、作庭師、能面打ち、様々な顔を持つマルチ・アーティスト。優れたデザイン・センスを持ち、すべてのジャンルに名品を残した彼はまさに日本のレオナルド・ダ・ビンチの様な存在だった。
特に書の世界では「寛永の三筆」の1人に数えられ、光悦流の祖となった。

やがて40代に入った光悦は、才能があるのに世に出る機会に恵まれない1人の若手絵師、俵屋宗達と出会う。光悦は彼の才能をいち早く見抜き、チャンスと助言を与えた。その後、宗達は『風神雷神図屏風』などの名作を次々に生み出していった。
そしてこの後、宗達は尾形光琳に影響(私淑)を与えることになる。

後年、宗達は若い頃を「光悦翁と出会わなければ、私の人生は無駄なものに終わっていただろう」と回想している。

※本阿弥家は足利尊氏の時代から刀剣の鑑定、研磨、浄拭(ぬぐい)を家業とする名家

写真は宗達と光悦の合作「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」
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# by joganyoshio | 2014-06-14 16:37 | 伝統文様解説

『守破離』の『離』を極めた良い実例ですね。

92歳の日本のお年寄りが作ったと言う手鞠。
孫娘のNanaAkuaさんが、写真をネットで紹介したところ大きな反響をが巻き起こったそうです。
美し過ぎて、ため息ですね。
これも日本の伝統美。
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『守破離』の『離』を極めた良い実例ですね。

以下に沢山の手鞠が紹介されています。
https://www.flickr.com/photos/nanaakua/tags/temari/
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# by joganyoshio | 2014-04-25 08:26 | デザイン考察

定式幕

これは日本人なら誰でも馴染みのある3色ですね。
この3色の縦縞は、歌舞伎の劇場の『定式幕(じょうしきまく)』です。

現在では、萌黄、柿、黒の三色からなっていますが、江戸時代は劇場によって配色と配列は違ったようです。江戸三座のうち、中村座が(左から)白、柿、黒、市村座が、萌黄、柿、黒、森田座が黒、柿、萌黄でした。
明治になって歌舞伎座が森田座の様式を取り入れ、黒、柿、萌黄と配列しにしました。因に、京都の南座もこれと同様です。

ところで、写真の配列は歌舞伎座の配列とは違いますね。
これは、市村座様式を取り入れた現在の国立劇場と大阪新歌舞伎座の配列です。

歌舞伎検定に必ず出そうな問題ですね(笑)
http://www.kabuki-kentei.jp/
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# by joganyoshio | 2014-04-22 23:50 | 伝統文様解説


(株)京都デザインファクトリー社長ブログ。自分の作品の他、デザイン考、文様解説、ファッション、アート等のトレンドも織り交ぜて・・・
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